オランダ時代 台湾の歴史

オランダが台湾に築城した熱蘭遮城

オランダが台湾に築城した熱蘭遮城(Zeelandia)

このような情勢で当初勢いがあったのは、先駆者のポルトガル海上帝国、遅れてのスペイン帝国、さらに遅れてのオランダ海上帝国だった。ポルトガルは日本にヨーロッパ文明をもたらし、スペインは日本を支配しようとし、オランダは鎖国する日本の唯一のヨーロッパ交易国となったが、世界情勢でも似たようなことが起きている。ポルトガルが最初に開発しようとした土地をスペインが略奪し、スペインの暴走をオランダが鎮圧する、という構図だ。こういう状況では、オランダも海外拠点を確保することに躍起になるので、当然日本との交易だけでなく、地理的に台湾を貿易の拠点とすることを考える。オランダの東インド会社は、1624年に台湾を占領した。ところが、暴れん坊であるスペインも1626年に台湾の一部を占領し、オランダとスペインが対立。結局、1642年にオランダはスペインを追い出すことに成功した。オランダの台湾統治時代、台湾でプランテーション経営に乗り出すが、労働力は中国大陸の南部から募集をかけていた。ちなみに台湾の原住民は、オランダ人のことを、「Tayouan」という、来訪者という意味合いの言葉で呼んでいた。これが、後の「台湾」の語源となっている。

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