台湾の歴史

2020/2/27

振り返る台湾の歴史

台湾は中華民国の一部ですが、中華人民共和国(中国)ではありません。台湾は、政党政治です。一党独裁の中華人民共和国(中国)とちがいます。台湾への流れをもう一度振り返ってみます。 [1911年] 中華民国成立 [1945年] 日本は敗戦によって台湾の主権を放棄する。日本は台湾の主権を中華民国に渡すとは言っていません。 [1949年] 中国共産党により中国に中華人民共和国成立、中華民国は台湾に撤退 [1971年] 国連で中国の席を担っていた中華民国は中華人民共和国に追い出され(2758号決議)、国連での「中国代 ...

2020/2/10

抗う台湾WHOから排除

新型コロナウイルスは、世界中に拡散し猛威をふるう肺炎について、WHO(世界保健機関)はようやく1月30日、緊急事態を宣言したのですが、WHOの中国への過剰な配慮し対応によって遅きに失した。WHOテドロス事務局長の記者会見はまさにそれを裏付けるものです。テドロス氏はチャイナマネーで巨額なインフラ整備を進めるエチオピア出身です。中国がテドロス氏WHO就任に奔走したとされています。 WHOテドロス事務局長の発言により、台湾におけるコロナウイルス肺炎の感染者数は2桁にのぼっているにもかかわらず、台湾はタイムリーに ...

2020/2/9

中国の脅威

台湾へ及ぶ中国の脅威は、民主主義への脅威と捉えるべきです。前回のSARS騒ぎでも最後には、中国共産党はウイルスの流出を認めています。このことは知らされていません。新型コロナウイルスも恐らく中国共産党からの流出でと考えるべきです。 海鮮市場から約30キロ離れた武漢市内の研究施設。この施設は、国際基準で危険度が最も高い病原体を扱える「バイオセーフティーレベル(BSL)4」に位置付けられるが、英科学誌ネイチャーが2017年2月に「病原体が流出する恐れ」を警告しています。米紙ワシントン・タイムズ(電子版)は今年1 ...

2020/2/9

台湾と国際社会

オルタガス米国務省報道官、コロナウイルスによる新型肺炎対策に関連し、国際民間航空機関(ICAO)が台湾の国際的な役割を巡る議論を抑圧したとしてICAOを厳しく批判した。コロナウイルスを拡散したのは中国であり、少なくとも台湾では10人の新型肺炎患者が出ている。コロナウイルスを拡散した中国による妨害が航空機の運航制限など国際的な感染症対策と関わりの深いICAOやWHOから台湾を排除している。しかし、この状況下で台湾を排除できない会合はスイス西部ジュネーブのWHO本部会合、台湾もオンライン参加となる。 &nbs ...

2020/2/2

台湾 コロナウイルス

国際社会では、世界保健機関(WHO)に中華民国(台湾)が参加することの必要性を強調していている。日本との情報交換や防疫に向けた連携を引き続き強化したいとの考えを示している。中華民国(台湾)のWHO参加をカナダのトルドー首相も支持を表明し、日本・米国・カナダなどは、WHOに対し台湾は世界に貢献する能力と責任があるとして台湾への支持を示しており、政治的な要素によって台湾を排除しないよう訴えいる。台湾ではすでに8人の感染者が確認されているが、WHOの専門家による緊急委員会を22日と23日に開催には呼ばれていない ...

2020/1/26

民主主義国家 台湾

蔡英文(ツァイ・インウェン)総統は、1月11日の総統選挙で、中国国民党(国民党)の韓国瑜(ハン・グオユー)候補を退けた。習近平(シー・ジンピン)政権は19年1月に台湾に対して「一国二制度の台湾版」を話し合うことを呼びかけ、当時与党の中国国民党は一国二制度を支持していた。特に中国からの経済協力によって台湾は、多大な発展を享受していた。一方で台北市近郊では、中国資本により不動産の高騰を招いたが、国民総数比では、中国国民党支持者が多く蔡英文(ツァイ・インウェン)総統の再選は難しいと考えられていた。 しかし、蔡英 ...

2020/1/4

台湾は独立国 韓国との違い

猛省するべき日本植民地政策ですが、同じ植民地で台湾と朝鮮(韓国・北朝鮮)には大きな違いがあります。ここで朝鮮(韓国・北朝鮮)についてザックリ説明します。 朝鮮(韓国・北朝鮮)は、長らく華夷秩序体制(中華皇帝を中心とし、周辺諸国を夷狄の王として中国より格下に位置付けた冊封体制)の下にいたため朝鮮(韓国・北朝鮮)は、より中華から遠い日本を蔑視していただけではなく、西洋を夷狄として忌み嫌っていました。蔑視した日本が、その西洋と条約を結び、中華皇帝以外に使用を許されなかった「皇」の字を使用したため、日本を益々嫌い ...

2019/12/26

台湾は独立国 香港との違い

台湾と香港には違いがあります。 香港の歴史 香港はもともと中国南部の小さな漁村にすぎませんでした。 しかし中国(当時は清という名前)は1841年のアヘン戦争でイギリスに敗北し、イギリスに香港をとられてしまいます。そして、香港はその後約150年にわたるイギリス統治を経て、1997年に中国へと返還されました。150年の間、イギリスは香港を自由貿易港として整備し、貿易に関税をかけませんでした。そこへイギリス式の資本主義制度が導入されたわけですから、香港の経済は飛躍的に伸びたのです。だから1997年に中国に返還さ ...

2019/12/26

台湾は独立国 中国との違い

中国と台湾の歴史をザックリまとめて紹介します。 1616年から1912年までの期間、中国には清という国でした。 清は大国でしたが、末期にはヨーロッパや日本と戦争をし、負け続けたくさんのペナルティーが課せられていました。具体的には、外国に領土を奪われる賠償金を支払うなどです。賠償金は、民衆の税金を増税し支払おうとします。民衆は清政府に不満を持ちはじめ、清末期には、民衆による大きな反乱がいくつか起きます。民衆の不満を背景に、孫文(中華圏では「孫中山」という名前で知られています)という男が立ち上がります。明治維 ...

2019/12/26

民主独立国家 中華民国(台湾)

台湾で来年1月に行われる総統選で再選を目指す与党、民主進歩党の蔡英文(さい・えいぶん)総統が、これまで口にすることを避けてきた「中華民国」という台湾当局の公称に言及する場面が増えている。蔡氏が「中華民国」という名称を避けてきたのは、民進党の伝統的な支持層である「台湾独立」派に、蒋介石政権による弾圧の記憶が根強い「中華民国」体制への反感があるためだ。それがここにきて中間層や野党、中国国民党の支持層をも念頭にウイングを広げる戦術に転換し、支持者の切り崩しに対し国民党は警戒している。  「2300万人が台湾でと ...

2020/1/4

台湾民主化へ

李登輝総統以後、徐々に民主化され、言論の自由を得て、やっと少しずつ、二・二八事件や白色テロ被害のことを語れるようになったとはいえ、事件における死傷者の数や、責任を負うべき人々などについて、まだまだ調査が必要である。だからこそ、“転型正義”が求められている。 台湾においては、蒋介石・蒋経国時代に行われた違法行為や人権侵害に対し、責任者の処罰や被害者の名誉回復・補償を行なう必要がある。2016年の選挙によって、台湾史上はじめて、総統も国会も台湾派が担うこととなった。 台湾人の期待を背に、蔡英文総統はスピードが ...

2019/12/24

台湾人の台湾

1947年2月27日の事件から派生した民衆の抗議活動は台湾全島に広がり、「台湾人にも社会参画する権利をあたえよ」という正式な要求を行政長官に行うまでに至った。陳儀行政長官はそれに応じるかのようにふるまいながら、一方で中国大陸の蒋介石に救援を求める電報を打っていた。蒋介石はすぐに軍隊を台湾に差し向け、3月8日に上陸した中国兵は無差別に台湾人を殺し始めた。無実で無抵抗な台湾人を簡単に殺す中国兵こそが、「台湾人は中国人ではない」と証明している。 それにもかかわらず、日本人、外国人、台湾人のなかには、間違った「台 ...

2019/12/24

中華民国(国民党)との対立

台湾理解を深める。ニニ八和平公園と記念館 総統府からも近い位置に、ニニ八和平公園と、ニニ八記念館があります。 ここも日本統治時代の遺産ですが、日本の統治が終わった1947年2月28日、新たに統治者となった中華民国(国民党)と民衆が激しく対立するニニ八事件が起こります。むしろ日本統治が終わってからの台湾にとって意味深い場所となっています。 「台湾を知る『ニニ八事件』) ニニ八和平公園(旧:台北新公園)ニニ八和平公園 日本統治時代に入り、都市計画の一環として造成され、1908年に開園。台湾初のヨーロッパ風近代 ...

2020/1/2

親中派の台頭 馬英九総統の外交政策

「親中派の台頭」 馬英九総統の外交政策、対日戦略のブレーンで中華民国総統府国家安全会議諮問委員を務める楊永明台湾大学教授は、「日台間では相互に友好感情が存在するという基本認識です。台湾はおそらく世界で最も親日的な社会であり、日本でも台湾に対する好感が広範に存在しています。」としています。同じく中華民国総統府国家安全会議諮問委員(閣僚級、日台関係担当)を務める李嘉進は「日台は、通常外交では国益が基本ですが、日台は特別。お互いの好感度が抜群に高く、戦前からの歴史が育てた深い感情が出発点となっています。」として ...

2020/1/2

中華民国の台湾統治政策

「台湾統治政策」 日本の理蕃政策と称された台湾原住民に対する統治政策は、原住民の教育水準向上に貢献し、法的には日本人や中国語系住民とほぼ同等の権利を認めております。 このように日本の台湾統治は、「武力蜂起は徹底弾圧」「インフラの整備」「日本人意識の植え付け」という特色を持っていました。これは西南戦争後の日本政府政策に酷似しており、日本は台湾を国内の一地方として捉えていたこと考えられます。 1942年には台湾で陸軍特別志願兵制度が始まり、1944年には徴兵制も実施された。約20万人余りの台湾人日本兵(軍属を ...

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