歴史の街並 新竹

城壁の街 新竹と日本統治時代を訪ねて(4)

「竹塹城迎曦門と 東門護城河親水公園」
新竹市は線路と平行な道とそうじゃない道があって、初めて行く人にとっては方向感覚が取りにくい街です。とりあえず、新竹駅の北側右前の中正路を歩いて行くと竹塹城迎曦門に到着します。
そして 迎曦門から放射状に道が伸びているので、ここを起点にして、太平洋SOGOビルが見えれば参考にして方向感覚を掴んで行くと良いのではないでしょう。ちなみに後でご紹介する超有名な新竹都城隍廟は迎曦門から伸びる東門街道りに沿ってまっすぐ西に約460m歩けば到着します。さて、この竹塹城迎曦門は国定第二級古績の指定を受けています。どんな歴史があったのでしょう。竹塹(日本語読みで「ちくざん」)とは新竹の過去の名称です。1730年に竹塹には堀を掘って城壁を整備し、以後何度か改修を重ね、より強固な防御ができるようになりました。城壁都市といえば台北も同じです。そして台北と同じように城壁には4つの門が設けられ

  • 北門を拱宸門
  • 西門を挹爽門
  • 南門を歌薫門
  • 東門を迎曦門

と命名しました。時代は変わり、日本が台湾を統治するようになると城壁や城門は壊され、唯一策門である迎曦門のみが残されたのです。都市整備計調の環だったのでしょう。さて、城壁の跡地は日本統治時代には濠に変わり、さらに近年になって抜本的にデザ   インし直され、護域湾としてお目見えしました。そして同時に河の周辺は親水公園として生まれ変わり、全体の景観がとっても美しく落ち着いた空間を演出しています。
川沿いにはステ一ジもあり演奏が披露されています。
朝にタに散歩するにはもってこいの憩いと癒しの場所です。また、河に沿った両側の道には粋で酒落なお店もありますよ。
城壁都市の名残

  • 新竹駅の南東南約300m のところに南大路が
  • 駅の東北東約440mには東大路が
  • 駅の 北西北約500mには北大大路が
  • 駅の西南西約480mには西大路が

あります。よければ確認してみてください。
 

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