清朝統治時代

鄭成功氏戦いから清朝による統治時代へ

「鄭成功(ヂォン・チォンゴン)氏戦いから清朝による統治時代へ」

明朝が倒れ清朝による台湾統治が始まり、中国大陸の漢民族が福建省、広東省から台湾へ移住してきます。このころ台湾に移住してきた漢民族(本地人、生粋の台湾人「本省人です」)」の言語(台湾語)は中国福建省の南部地域の言葉(厦門アモイ辺り)に非常に似ており、それが現在の台湾語につながっています。清朝は中華思想(簡単な説明、中国が世界の中心、皇帝は中国だけに存在しますので、当時中国の属国であった朝鮮は、日本の天皇を認めず、現在も日王と呼んでいる。)では台湾を「化外(ケガイ)の地」と呼び、台湾経営に対しては消極的でした。

「化外の地(ケガイ)」は、中国の権力・法律が行き届いていない地方、またその地方に住む民族を「蛮族」と呼び、中国から遠く中華文化の影響が薄かった台湾・海南・新疆なども「化外(ケガイ)の地」と呼んでいました。台湾には清朝の力が及ばない為に、移民するのは海賊や貧民ばかりで、又マラリアやデング熱などの熱帯病や原住民との衝突、台風による水害などで台湾は内乱が相次ぎました。又清朝は漢民族の人々が台湾に定住することを抑制するため漢民族女性の渡航を禁止します。 台湾には漢民族の女性がいませんので、台湾に移住した漢民族は原住民の女性と結婚をせざるを得ません。漢民族男性と原住民女性の混血が進み、それが現在の「台湾人」のルーツになっています。

 

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